かとう そうですね。本来ココロとカラダはとってもシンプルなのです。良いものを体に入れて、ちょっと調子が悪い時に都度適切なケアできれば、健やかに生きていけます。

でも、幼少期の複雑な環境だったり、学生時代の生きづらさだったり、大人になってからの食生活の乱れや仕事でのストレスなどによって、長年かけて蓄積してしまった不調は、元に戻すのに時間がかかります。糸のもつれが一箇所なら、すぐ解けますが、何十箇所だと、もはや、どことどこがもつれているのかわからなくなりますよね。

そして、先ほどもお伝えしたように、ココロの不調はカラダに現れ、カラダの不調は心に現れます。

元気な時は、何も思わないような人の言葉も、たまたま体調が悪いとか、睡眠不足の時にはナイフのように刺さってしまったり、自己肯定感の低さや無力感が、体調不良の時に強くなったりします。ですから、本来、心身は別々にケアするのではなく同時に扱っていく必要があるのです。

かとう 手法はいくつかあって、クライアントさんの状態に合わせて使い分けていますが、大切なのは心象風景を目の前に具現化し、自分のココロで起きていること、思い込んでいることを自分から切り離して可視化することです。

例えば、同じような状況に陥ることが多い人は、ココロの中で頑なに信じていることがあったり、自分に対して否定的な価値観を持っていたりします。たとえば仕事だと、なぜかいつも同じようなタイプの人に敵視されるとか、そもそも仕事が長続きしないとか。パートナーシップだと、結婚したいと思っているのに、男性に対して敵意を持ってしまうとか。お金だと、浪費ぐせがあるとか、なぜか貢いでしまうなどです。

これらは、ココロの症状で、そこには、必ず原因があります。

かとう それだけではありません。私たちはDNAに刻まれた感情の記憶によって、自分のものではないつらさや悲しみ、怒りを抱えて、人生を歩んでしまうことがあります。

かとう そう言っていいと思います。私たちは、父や母、祖父母の過去のつらい経験やその時の感情、そこから得た教訓や禁忌のようなものを、知らず知らずのうちに、まるで自分自身の感覚や価値観のように感じていたりします。

祖父が戦争から帰ってこなくて祖母が待ち続けていた・・・という場合に、孫の代でもその感情を受け継ぎ、「いつも誰かを探している気がするけど、絶対に見つからない気がする」「いつか、大切な人を失う気がして怖い」と、なぜかわからないけど強く感じてしまう。その感情によって、婚活をしてもうまくいかないというようなことも起こります。

かとう 心象風景を具現化すると、自分のものではない感情の存在に気づくことができます。「気づき」は事実を認識すること。その存在に気づくことができれば、自分のものではない感情に線を引くことができ、本来の自分に戻ることができます。

かとう 私は、ずっと、「自分の意見を言ってはいけない」と思う傾向がありました。否定されるのが怖いという感覚です。でも、自分自身の心象風景を可視化したことで、それは父方の祖母の感情だということに気づいたんです。

父方の祖母は7人の男児を育て上げた強い人だと思いますが、非常に穏やかな人でした。一方祖父はとても厳しい人だった。祖母にとっては、余計なことを言わないこと、言われた通りにすることが生きる術だったわけです。そのことに想いを馳せると、生きづらい世界を自分のやり方で生き抜いた祖母への感謝の気持ちが生まれると同時に、それは祖母の感情であったこと、私のものではないことに気づき、手放すことができました。